雨・赤毛


雨・赤毛


人が小説を書く動機はさまざまです。

名誉欲から書く場合、創作意欲にかられて書く場合、精神安定のために書く場合などなど。

サマセット・モームの場合は、『金儲けのためだ』と公言していたそうです。

それが本心からなのかどうかは分かりませんが、本作に収録されている短編はプロの小説家の作品らしく題材、筋立て、場面転換、オチなど読者を惹き付けます。


この短編集には、「雨」「赤毛」「ホノルル」の3作が収録されています。

南洋を舞台にしているのですが、テーマはいずれも人間です。長く読まれる小説は人間を中心にしているから、後世になっても色褪せないのでしょう。

僕にとっては、この中では「赤毛」が良かったです。


恋の悲劇は死でも別離でもないのだ。...かつては一日逢わずにいてさえも、堪えられないほど心を捧げつくして愛した女が、もう今ではこれっ切り逢わなくても平気だという、およそこれほど恐ろしい悲劇はないのだ。愛の悲劇は無関心なのだ。

昔話では、障害を乗り越えた後に『そうして二人は末永く幸せに暮らしました』で終わりますが、本当の生活は『そうして』から始まるのです。

かつては苦難を乗り越え、お互いなしでは居られないほど愛し合った二人ですが、平穏な日々が長く続くと、一緒にいることが日常になり、当たり前になってしまいます。

二人とも歩調を合わせて愛が醒めていけば良いのですが、まだ愛が残っている方が、相手が自分に無関心だと気付いたときの絶望は想像したくないです。

しかし人の気持ちは移ろいやすく儚いものです。だからこそ人は変わらないことを誓うのでしょう。