茶の本


茶の本―英文収録
日本の近代美術を確立した岡倉天心が書いた本です。

武士道」と同じく外国人向けに英語で記述され、作者とは別の方が日本語に訳しています。

「武士道」は有名ですが、どこか現実離れした違和感があります。

茶の本」の方が、広い学問と識見を基にして、よく考え抜かれて自分の意見を論じています。

僕としては、「茶の本」の方が読み応えありました。

アメリカ人向けに日本の理解を求めるために書いた本のため、原文は英語です。

内村鑑三といい、新渡戸稲造といい、岡倉天心といい、明治期の先人はなんて気合いが入っているのでしょう。

日々の生活に追われているだけの自分を振り返ると恥ずかしいです。


茶のはじまりは薬用であり、のちに飲料となった。中国では、八世紀になって、茶は洗練された娯楽の一つとして、詩の領域に入った。十五世紀になると、日本で、審美主義の宗教である茶道に昂められた。...それは本質的に不完全なものの崇拝であり、われわれが知っている人生というこの不可能なものの中に、何か可能なものを成し遂げようとする繊細な企てである。


上記は冒頭の一文ですが、簡潔にして充分。訳がこなれていない点を差し引いても、素晴らしい文章です。

私はあまりに歯に衣きせぬもの言いをすることによって、きっと茶道についての自分の無知をさらけ出してしまうと思う。茶道の典雅な精神が必要とするのは、人の期待に応えることだけを言い、余計なことは言わないことなのである。だが、私は典雅な茶人のつもりはない。新旧両世界の間の相互の誤解による弊害があまりに大きかったので、両者の理解を促進するために微力を尽くすのに言い訳する必要はない。もしもロシアが日本をもっと理解しようとしてくれたならば、二十世紀の冒頭のあの血なまぐさい戦争の光景は避けられたであろう。東洋の諸問題を蔑ろにして顧みないなら、どんな悲惨な結果が人類に及ぶだろう。


現代のキリスト世界とイスラム世界にあてはめても、充分通用する文章です。

本物はいつになってもその価値を減ずることはないのだと痛感します。


茶の進化は大雑把に三つの時期に分けられよう。固形茶、抹茶、煎茶である。
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茶の理想は東洋文化のさまざまな気分の特色をあらわしている。煮る団茶、かき回す粉茶、淹す葉茶は、中国の唐、宋、明朝のそれぞれの情緒的衝動をあらわしている。

団茶?抹茶と煎茶は分かるのですが、団茶は現代日本にはありません。


茶の葉を蒸して、臼に淹れてつき、団子にして、米、薑(しょうが)、塩、橘皮(きっぴ)、香料、牛乳、ときには玉葱と一緒に煮るのであった!
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宋代になると抹茶が流行するようになり、第二の茶の流派が生まれた。茶の葉は小さな石臼で挽いてこまかい粉にし、この粉を湯に入れて、竹を割いてつくった精巧な小箒でかきまわして泡立てるのであった。


へぇ。そんな歴史があったのですか。

道教は、その正当な後継者禅道と同じように、南方中国の個人主義的傾向を表していて、儒教の姿で現れている北方中国の共産主義と対蹠的である。中国の広さはヨーロッパと等しく、それを横断する二大河川系によって区分された、気質の違いを生んでいる。揚子江黄河は、地中海とバルト海に匹敵する。今日なお、統合の世紀にもかかわらず、南方中国人と北方の同胞との思想、進行の違いは、ラテン民族とチュートン民族の違いに等しい。

この視点ときたら、現代でも充分通用します。ここまでくると、その洞察力に感服するしかありません。

北方の孔子、南方の老子ですか。政治の北京、経済の上海を類推することができますね。

そういえばベトナムでも、政治の中心は北のハノイで、経済力は南のホーチミンでした。そういう傾向があるのでしょうか。

茶の道は禅に始まるとし、その源である道教の考えを引用して、日本人の心性に深く関わっている茶道を説明しています。

道教は現世をあるがままに受け容れる。儒者や仏教と異なり、悲哀と苦悩のこの世に美を見いだそうと努める
物の真の本質は空虚にのみ存すると彼(老子)は主張した。
水差の効用は、水を入れる空所にあるのであって、水差しの形状やその材質にあるのではない。
「虚」は一切を含有するが故に万能である。


メリケンだけにに読ませておくには、もったいないです。

道教と禅の完全という概念は、...完全そのものよりも完全を求める過程に重きを置いた。真の美は、不完全を心の中で完全な物にする人だけが発見することが出来る。人生と芸術の力強さは、伸びようとする可能性の中にある。
ここまで明晰に解説されるとぐぅの音もでません。参りました。

庭園や日本間で使われる「見立て」ということも、この延長線上にありますね。

「武士道」を読んで良かったと思った人は、ぜひ一読をお薦めします。「武士道」はまだ読んでいないという方は、それは後まわしにして、「茶の本」を読まれることをお勧めします。