五重塔
明治期の文豪、幸田露伴の代表作です。
最初はとっつきが悪いのですが、リズムの良い文体で楽しんで読めました。
技量はありながら小才の利かない性格ゆえに、「のっそり」とあだ名で呼ばれる大工十兵衛。その十兵衛が義理も人情も捨てて、谷中感応寺の五重塔建立に一身を捧げる。
主人公は大工十兵衛なのですが、対立する棟梁の源太やその女房の方がずっと生き生きと表現されています。明治期にはまだ残っていたであろう江戸情緒も味わうことができます。
話が進むにつれて、だんだんと生彩が無かった十兵衛の心情が現れてきます。
十兵衛は馬鹿でものつそりでもよい、寄生木になつて栄えるのは嫌ぢや、矮小(けち)な下草になつて枯れもせう大樹(おおき)を頼まば肥料(こやし)にもならうが、ただ寄生木になつて高く止まる奴らを日頃いくらもみては卑い奴めと心中で蔑視(みさ)げてゐたに、今我(おれ)が自然親方の情けに甘えてそれになるのは如何(どう)あってもなりきれぬ....
襲われて大怪我をした次の日に、五重塔を建てている現場へ向かう十兵衛の姿には恐ろしいほどの執念があります。
僕の生業であるSI業界は建設業界と似ているとの指摘があります。
SI業界は建設業界に似ているというのは本当か?
確かに類似点は多いです。
いくつものプロジェクトに参加したり仕切ったりすると、プロジェクトメンバーには様々な役割があることに気付きます。
たとえ話をするとオーケストラの演奏に似ていると思ったことがあります。
プレイヤー:楽器を演奏する人=現場作業員/職人
コンポーザー:作曲家=設計者
コンダクター:指揮者=現場監督/プロジェクトリーダー
十兵衛は大工としての腕は一流ですし、五重塔の模型を作って見せるほどですから設計者としても優秀です。
しかし『のっそり』と軽く見られるようでリーダーをやるのは無理があるでしょう。
女房が止めるのに、怪我を押して現場へ向かおうとする際、統率に苦慮している様子を吐露しています。
この十兵衛はおろかしくて馬鹿と常々いはるる身故に職人どもが軽う見て、眼の前では我が指揮(さしず)に従ひ働くやうなれど、蔭では勝手に怠けるやら譏(そし)るやら散々に茶にしてゐて、表面(うわべ)こそ粧(つくろ)へ誰一人真実仕事を好くせうといふ意気組持つてしてくるるものはないは、ゑゑ情ない、...毎日毎日棟梁棟梁と大勢に立てられるは立派で可(よ)けれど腹の中では泣きたいやうな事ばかり、いつそ穴鑿(あなほ)りで引使はれたはうが苦しうないと思う位...
大怪我しているのに平然と指揮を執る十兵衛の姿に打たれた職人達は精を出して働くようになります。
しかし五重塔を建立するには、現場リーダーとしての力量ではまだ不足であり、プロデューサー=プロジェクトマネージャーとしての仕切りが必要でしょう。
でも本書はビジネス小説ではなく、五重塔建立にまつわる人間を描いた小説です。
独特のリズムを持った文体、見事な人間描写、これぞ文学作品という名作です。
読了後、モデルとなった五重塔跡を見るために谷中へ行きたくなりました。