スティーブ・ジョブズ-偶像復活
コンピュータ産業(アップル)、映画産業(ピクサー)、音楽産業(iPod,iTunes)の3つの産業分野で成功を納めたスティーブ・ジョブスの半生を題材にしています。
友人に対して不誠実であったことや、部下に対して不必要なまでに厳しかったことなどジョブスの欠点が露わになります。
同棲して身ごもった恋人を捨て、長年認知せずに養育費を出し渋ったことなどのスキャンダルも暴かれています。
薄情だったことについては、後年、素晴らしい女性と巡り会って結婚し、幸せな家庭を営むことで温和になっているようです。
しかし、あまりにも酷い言動が続くため、ジョブスに対してシニカルな視点を持ちます。
また、技術者や経営者としては一流とは言えず、カリスマ性と押しの強さを武器にしてトップに君臨する様が丹念に描かれています。
ジョブスの能力が貶められている反面、ジョブスのために裏方に追いやられた一流の人材の素晴らしさが引き立ちます。
アップルIIを作ったスティーブ・ウォズニアク、マッキントッシュを作ったジェフ・ラスキン。
特に素晴らしかったのは、トイ・ストーリーを作ったジョン・ラセターです。
才気溢れるアニメーターだったラセターは、コンピュータグラフィックスに魅せられてピクサーに入社し、圧倒的な才能を開花させます。
そしてディズニーとの提携を実現させ、『トイ・ストーリー』の成功によりピクサーを優良企業に押し上げます。そのリーダーシップはジョブスとは正反対です。
ジョン・ラセターは、一緒に仕事をするのが楽しい人物である。人間が好きで、他人の感情に細やかな気をつかう。スティーブは自分の補佐役や友人にも鞭を振るうことがある。ジョンは人をほめる。スティーブは忠節を要求する。ジョンには忠節が集まる。
そして『ファインディング・ニモ』で大成功を収めます。
ジョン・ラセターは製作総指揮として全体を統括したが、現場の監督をほかの人にゆずり、才能のあるアニメーターを育てようとした。抜擢されたアンドリュー・スタントンは、クリエイティブの総括という困難な仕事をやりとげ、アカデミー賞の授賞式では金のオスカー像をうけとる。アニメーターとしてすぐれた才能を発揮したラセターは、チームプレイヤーとしてもリーダーとしてもすぐれた人物だったのだ。
賞賛されているラセターとは反対に、ジョブスは人材を見抜く能力や業務管理能力などは衆に秀でていますが、新しいジャンルの製品やサービスを開発するという観点からは先進的とは言えないと辛辣に書かれています。
「スティーブには、自分から見た現実というものを他人に信じさせる力があるんです。鋭い切り返しやキャッチフレーズ、洞察力に満ちた意見を次々とくりだしてけむに巻いてしまうんです。」
ジョブスは、若いうちからアメリカ在住の日本人禅僧に師事して禅の修行を積んでいるのですが、自己中心的な性格や学歴のないジョブスを皮肉っています。
束縛されるものもなく歯に衣を着せない人物、森羅万象という混沌に道理を見出す方法や心の奥底に棲みついた疑問の回答を見いだす方法を探していた人物にとって、禅宗は魅力的だった。内観・内省を重視するということは、だれにも指導してもらう必要がなく、スティーブのようなうぬぼれの強い若者にはぴったりなのだ。禅は、直感力と内なる力を高めて、合理的・分析的な思考に対抗する。この点も、きちんとした教育を受けていない若者には大きな魅力だった。
圧倒的なパフォーマーとしてのジョブスには憧れますが、経営者や技術者、リーダーとしてのジョブスは別にした方が良さそうです。
本書はジョブスを通じて、3つのサービス産業について概要と問題点を得ることができますし、リーダーの資質についても内省することができます。
なによりジョブスのカリスマ性とプレゼンてーションパフォーマーとしての姿をのぞき見ることができます。